small sanctuaries of peace and dignity(平穏と高貴さあわせもった、ささやかで神聖な場所)
ヴィム・ヴェンダースが日本で見出した、平穏と高貴さをあわせもった、ささやかで神聖な場所とは一体何でしょうか。
トイレ清掃員の平山という男の日々の小さな揺らぎを丁寧に追いながら紡ぐ本作。
第76回カンヌ国際映画祭では、主演の役所広司さんが最優秀男優賞を受賞し、話題となりました。
ヴィム・ヴェンダースが捉えた、日本を舞台にした新たな傑作の誕生です。
映画「PERFECT DAYS」作品詳細
PERFECT DAYS
ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースと
日本を代表する俳優 役所広司の美しきセッション。
フィクションの存在をドキュメントのように追う。
ドキュメントとフィクションを極めた
ヴェンダースにしか到達できない映画が生まれた。
カンヌ国際映画祭では、
ヴェンダースの最高傑作との呼び声も高く
世界80ヵ国の配給が決定。
タイトル / 原題 | PERFECT DAYS / Perfect Days |
監督 | ヴィム・ヴェンダース |
脚本 | ヴィム・ヴェンダース |
製作 | 柳井康治 |
製作総指揮 | 役所広司 |
ジャンル | ドラマ |
キャスト | 役所広司 柄本時生 中野有紗 田中泯 三浦友和 石川さゆり 麻生祐未 アオイヤマダ |
製作国 | 日本・ドイツ |
製作年 | 2023年 |
公開日 | 日本 2023年12月22日 / ドイツ2023年12月21日 |
上映時間 | 124分 |
渋谷のトイレを生まれ変わらせる「The Tokyo Toilet」。
プロジェクトの発案者は、ファーストリテイリング取締役の柳井康治さんです。
その柳井さんから「東京・渋谷で『誰もが使ってみたくなる公共トイレ』を作るプロジェクトをしているので、見に来ていただけませんか」と手紙をもらったヴェンダース。東京と建築が大好きなことを柳井さんは知っていたそうです。
2022年の5月に来日したとき、建築家やアーティストによる美しいトイレが12作品完成していました(現在は17作品)。
最初は短編ドキュメンタリーの予定でしたが、それを見てヴェンダースの方からフィクションの長編映画にしないかと提案したそうです。
「脚本に書かれていないこの男の353日を演技する。この俳優がいなければ、この映画は生まれなかった」
このようにヴェンダースから評された役所広司さん。
ヴェンダースは感情を脚本に書いてしまうのが怖いと語っています。感情は役者がその場で作り上げるもの。事前に書いてしまうと処方箋を書いてしまうような感じがしてしまうそうです。
平山を演じる役所さんは、それを完璧に理解して素晴らしい演技をしてくれたとヴェンダース。
終盤のあるシーンでは、その役所さんの演技で撮影中にカメラマンが泣いていたそうです。ヴェンダース自身も感極まりながら「ちょっとカメラは止めないでよ?」とハラハラしたと語っていました。
あらすじ
東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていました。
同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働く毎日。
それは同じことの繰り返しに見えるかもしれませんが、同じ日は1日としてなく、平山は毎日を新しい日として生きていたのです。
その生き方は美しくすらありました。
そんな男の日々に思いがけない出来事がおきます。
それはまるで木々がつくる木漏れ日のように、男の過去を小さく揺らすのでした。
東京渋谷にある公共トイレの清掃員として働いている平山。
毎朝同じ時間に起き、支度をし、植木に水をやり、缶コーヒーを飲みながら仕事にでかけます。
カセットで音楽を聴き、古本を買って読む。
その日々は穏やかで、同じことの繰り返しにみえます。
目まぐるしい日常を過ごしている現代人において、この平山の日常は、修行のような凛々しさを感じつつ、その浮世離れしているようにも見える佇まいには羨ましさすら感じてしまいます。
『こんなふうに生きていけたなら』
無駄を削ぎ落とした生活に憧れる人も多いかもしれません。
受賞歴
カンヌ国際映画祭(2023年) | 主演男優賞(役所広司)、エキュメニカル審査員賞 |
アジア太平洋映画賞(2023年) | 作品賞 (Best Film) |
モントクレア映画祭(2023年) | 若手審査員賞 (Junior Jury Prize) |
「PERFECT DAYS」は、米アカデミー賞国際長編映画賞(旧外国語映画賞)にノミネートされました。
2024年2月25日に行われた大ヒット御礼の舞台挨拶にて役所さんは次のように述べています。
「日本代表として選んでいただいて(ショートリスト)15本に残って不安だった。YouTubeで最後、見ていて何か、ホッとした。その上に行きたい欲が出てくる」とアカデミー賞ノミネートを振り返っていました。
2024年3月10日(日本時間同11日)に米国で行われる授賞式には「当日は、行きます。ここまで来たら…もちろん、1等賞は取りたいですけど、世界中の作品の仲間と楽しみたい」と受賞への期待を口にしていました。
国内で興収10億円を記録し、全世界では2430万ドル(約36億円)を突破(2023年2月時点)。
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を抜いてヴェンダース監督作品で歴代最高のヒット作となりました。
役所さんは「少しは監督に恩返しができたかな。映画祭で会う度に監督の機嫌が良くなるのが分かりました。今度、会うときは機嫌がいいと思います」とオスカー賞獲得に向け、手応えを語っていました。
監督ヴィム・ヴェンダース
ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)
70年代のニュー・ジャーマン・シネマを生み出したひとりであり、現代映画を代表する映画監督。
第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『パリ、テキサス』(’84)で、ロードムービーはヴェンダースの代名詞のひとつとなります。
その後も『ベルリン・天使の詩』(’87)など数々の名作を発表し、80年代、90年代のミニシアターブームを牽引。現在の日本映画への影響は計り知れません。
そんなヴェンダースにとって小津安二郎との出会いが、キャリアのなかで大きな出来事だったといいます。
「東京物語」のタイトルからはじまり、ヴェンダース本人のナレーションで小津の形跡を探す旅を記録した『東京画』では、小津の映像がもつ優しさと秩序について語っています。
なお、本作の主人公は平山。『東京物語』や『秋刀魚の味』など小津の映画にしばしば登場する名前です。
また『Pina/ピナ・バウシュ踊り続けるいのち』『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『セバスチャン・サルガド地球へのラブレター』など、数多くの斬新なドキュメンタリーなども手がけ、ドイツの現代アーティスト、アンセルム・キーファーを描いたドキュメンタリー『Anselm』の公開も控えています。
現代ドイツを代表する映画監督であるほか、写真家としても活動しています。
映画「PERFECT DAYS」の舞台The Tokyo Toilet
『The Tokyo Toilet』は「見たことのないような 公共トイレが渋谷区に」をコンセプトに、世界で活躍するクリエイターたちが参画したプロジェクト。
トイレは日本が世界に誇る「おもてなし」文化の象徴として、 渋谷区の17カ所で 個性豊かなトイレが誕生しました。
世界で活躍中のクリエイターが集結
世界で活躍中の建築家やクリエイターが大集結。
「光の教会」の安藤忠雄さんや「新・国立競技場」の隈研吾さんをはじめ、有名クリエイターが手がけた作品を身近に楽しむことができます。
- 安藤忠雄
- 伊東豊雄
- 後智仁
- 片山正通
- 隈研吾
- 小林純子
- 坂倉竹之助
- 佐藤可士和
- 佐藤カズー
- 田村奈穂
- NIGO®
- 坂 茂
- 藤本壮介
- マーク・ニューソン
- マイルス・ペニントン
- 槇文彦
誰もが快適に利用できる公共トイレを維持するため、トイレそのものだけでなくプロジェクト全体を「デザイン」しています。
複数の組織・企業によるメンテナンスのチームを組成し、2024年3月末に渋谷区に維持管理業務を完全に移管するまで、運用しながら改善を繰り返し、費用や清掃方法など、最適な仕組みを探求しています。
NIGO®デザインのユニフォーム
劇中で平山が着用しているユニフォーム。
日々の清掃に尽力している清掃員に、より気持ちよく取り組んでいただけるようにとの思いから、NIGO®氏デザインのユニフォームは制作されました。
清掃員からは、「清掃中に声を掛けていただく機会が増えた」「写真撮影をお願いされることがある」「飲み物や野菜等の差し入れを頂くことも」と、このユニフォームを着用することで、利用者との交流も増えているそうです。
平山の丁寧さには理由がある
清掃を担当している「東京サニテイション株式会社」によると、「トイレを傷めない」ということを大事にしているそうです。
屋外トイレは屋内トイレに比べ、風雨など厳しい環境下での維持管理が求められるとのこと。
特に「THE TOKYO TOILET」のトイレは、ステンレスやガラス、塗装など様々な素材が使われているので、それぞれに最適なアプローチで維持管理を行う必要があるそうです。
そのため、正しい知識を持って素材を傷めない清掃用具と洗剤の選択するなど、細心の注意を払いながら業務を遂行。
平山は独自に清掃道具まで作っているという描写がありますが、これらの思いを汲んだシーンと言えそうです。
また「The Tokyo Toilet」は、おもてなしを表現しているということで、平山の丁寧さにはその精神が宿っていると受け取れるかもしれません。
劇中「なんでそこまでやるんですか?どうせ汚れるのに」というタカシの問いに平山は答えず黙々と清掃を続けます。
人は、美しいものは汚しづらいもの。
平山の行動を通して、清掃員の方々の日頃の努力と矜持を見た気がします。
映画「PERFECT DAYS」の評価レビュー
さまざまな映画祭で受賞をしている「PERFECT DAYS」。
その評判は観客の口コミにも表れており、絶賛の声多数です。
一方で否定的な声もあり、特にコアなヴィム・ヴェンダースのファンからすると、かつての名作と比べてしまうところがあるようです。
筆者のレビュー
「侘び寂び」
この言葉が思い浮かびました。日本特有の美意識である「侘び寂び」。 「侘び」とはつつましく、質素なものにこそ趣があると感じる心のこと。
一方、「寂び」とは時間の経過によって表れる美しさを指すと言われています。平山の過去は明確には描かれていません。
しかし、何かしらの事情を経て、今の状況になったことは想像できます。
つつましい生活を繰り返している平山には、その経過による無駄を削ぎ落とした美しさが表れていると受け取ることができました。
悟りの概念に近い、日本文化の中心思想であると云われている「侘び寂び」。雑多な生活をしてしまいがちな私たちが見過ごし、時に憧れを感じてしまう平山の姿。
自分の生活を見つめ直してみようと思いながら、数秒後にはスマホを手に取ってしまう自分のだらし無さを実感させる、胸にグサっと刺さる映画でした。
もう一つ、別の視点で感じることもありました。
平山はほとんど話をしません。そのため、(劇中の)周りにいる人たちは平山がどんな人物なのか、どんな家に住んで、何が好きで、気に入ってる音楽は何なのか、ほぼ知らないはず。
現実の世界でも同様です。
話をしてみて、この人はこんな趣味があるんだとか、意外性に驚くことがあります。意外と言っては失礼かも知れません。その人にはその人の人生があるわけですから。
こちらが勝手に想像し、意外と思ってしまうことの不躾さ。
おそらく、ほとんどの人が平山の音楽のセレクトなど、最初は意外もしくは趣味が良すぎやしないかと思ったのではないでしょうか。
しかし、物語が進むにつれ平山という人物描写に深みが出てくると、その趣味の良さもわからなくはないなと思うようになります。
平山とスクリーン越しに対話をしているかのような感覚で、平山という人物を知る。無口でつまらない男だと、タカシや周囲の人間は思っていたかもしれません。
同じように勝手に枠に嵌めてしまう自分の思考に気付かされ、これもまた胸に突き刺さるのでした。
ただ、個人的には良くも悪くも綺麗すぎると感じたので、ドキュメンタリーに近いファンタジーという感想です。
Xの評価
一日経って、パーフェクトデイズについて考えてる…
— あむ/TRPG@平日卓NG (@planetstam_trpg) February 26, 2024
会社の人で観た人たちみんな良かった…けど何が良かったのか誰も言語化できてない
パーフェクトデイズ、寡黙なトイレ清掃の独身男のルーティン。なにかが始まるわけでも解決するわけでもない。関係性に詳しい説明もなく、それがとてもリアルな日常。ただつまらないわけではなくって、ところどころにある描写の美しさ(特に影)がしみじみとする作品だったな。 pic.twitter.com/Pz50K50ELe
— ウミウマ (@nonfat830) February 1, 2024
パリテキサスや、さすらいや、都会のアリスや、アメリカの友人は、地に足が付いた主観的な作品だった。
— k f (@kffk1300rblack) February 25, 2024
でも、パーフェクトデイズは、余裕がある監督が撮った余興に過ぎない作品だ。
昔のヴェンダースが戻ってきたなんて、まったくの誤認だった。
何がカンヌだよ。
Perfect Daysの平山になりたいおじさんへのモヤモヤ感、平山は既存の価値観からは外れて彼の見つけたライフスタイルで豊かな生活送ってるのに、作品で平山の人生として提示されたからそれを目指すというのは平山の人生をなぞってるだけで本質とは外れてるからダサいってことだと思った
— すー (@dddondonpo) March 1, 2024
『PERFECT DAYS』 社会的地位のある有名な映画監督が清貧を称揚するような映画を作る時点で欺瞞では?という指摘はその通りだと思うし、現代日本の過酷な社会状況を鑑みれば清貧なんて世迷言を言ってられるはずがないだろうし、総じて”かなり観光客的な態度”で不誠実なのだろうな、とは思う。
— 斜めの光線 (@ikvkTrEVAa0) March 1, 2024
映画『PERFECT DAYS』が稀に見る賛否両論で、そのこと自体が豊かだと思う。自分の中にも賛否があり、絶賛、酷評どちらも腑に落ちる。逆の意見を読むこと自体が楽しい。こうした体験はなかなかない。意見が分かれているから逆に集客につながる。演劇も、賛否両論があたりまえのように並べばよいと思う。 pic.twitter.com/GthbAaRLly
— fringe (@fringejp) March 1, 2024
様々な感想が見受けられますが、「絶賛・酷評どちらも腑に落ちる」というご意見が個人的には一番しっくり来ました。
まとめ
映画「PERFECT DAYS」は絶賛の声多数の話題作です。
平山という寡黙な男の日常は、見る者に木漏れ日のような、心の揺らぎを与えます。
情報過多な日常を送る現代人にとって、平山のような繰り返しの中にある美しさを見出す生活は、憧れの対象になるかもしれません。
一時でもスマホを置いて、日常に潜んでいる美しさに目を向けるきっかけになる映画と言えそうです。